「いろはのイロハ」最新情報。
November 29, 2024
私どもとしてはまず、酒田の歴史や時代背景を大切にしていきたいと考えています。現在いろは蔵パークの建設を進めている酒田商業高校跡地は、かつて酒田のにぎわいの中心地でした。江戸時代にはいろは蔵パークの名称の由来となった「いろは蔵」と呼ばれる米蔵「新井田蔵」が庄内藩によって建てられるなど、街の経済が培われた場所です。
そうした古くからの歴史を知り、未来に伝え、つなげていく「往古来今」を理念に、この事業をスタートしました。商業施設として楽しくお買い物をしていただくことはもちろん、たくさんの人が集い、新たなにぎわいを生み出すきっかけとなる場所を目指しています。
併設する「みんなの広場」での催しや、入居テナントと連携した企画なども予定しています。
入居テナント発表後、皆さまからたくさんの期待の声をいただきました。うれしいことです。
地元を代表するスーパー、ト一屋さんが出店し、現在、山居倉庫で営業している酒田観光物産館さんも移転します。
どちらも地域の皆さまになじみ深い店舗ですので、新しい商業施設でありながらも親しみやすさを感じていただけると思います。ト一屋さんは新店舗出店が27年ぶりとのことで、強い意気込みを感じています。酒田観光物産館さんは店舗の移転だけではなく、行われていた催しなども引き継いでいく予定です。
そして良品計画さん、カルディコーヒーファームさん、JINSさんという知名度が高く、幅広い世代から支持されている店舗が入るため注目度の高さもうかがえますね。
また、施設内には飲食エリアや薬局、クッキングスタジオが併設されますので、お買い物のみならず、生活のさまざまなシーンでご活用いただけます。
多種多様な実績のある企業が集結しますので、それぞれの持ち味を生かして、連携できる企画を考えていきたいですね。
例えば各テナントの商品をまとめてお届けする買い物代行サービスなど、検討段階ではありますが、地域の課題やニーズに応えるものにしたいと考えています。
クッキングスタジオではテナントの商品を使った料理教室の企画に加えて、一定期間、個人に貸し出してカフェなどの店舗営業を行うチャレンジショップ的な企画も進行中です。
酒田に限らず多くの地方都市で言われていることですが、人口減少と都市機能の低下が喫緊の課題です。
いろは蔵パークという事業を通じて、人々が住みやすく、暮らしやすいまちづくりを目指していく。
いろは蔵パークが近隣住民の生活の基盤となり、暮らしのニーズを満たしていくことで、地域課題解決のための一つの役割を果たせると考えています。
いろは蔵パークの建設は市内8社の建設会社の共同によるもので、そのほか販促などの事業もほとんどが地元企業で連携しています。
大型施設の建設や運営に関わる大半を地元企業が占めるのはなかなか珍しいケースではないかと思います。「自分たちの場所を自分たちで作っていく」その責任と覚悟を持って取り組んでいます。
私自身、生まれも育ちも酒田ですが、高校卒業後は県外に進学し、その後はビアホールチェーンに就職して全国をまわって仕事をしてきました。
酒田に住む人たちの間ではよく「ここには何もない」といった声も聞かれますが、私がUターンして感じたのは、子どもの頃には気づけなかった資源の豊富さです。農産物や水産物といった食の資源、海や山など豊かな自然資源、そして湊町文化や山居倉庫に代表される歴史的な資源。
ずっと酒田に住んでいると当たり前に感じますが、誇るべきものがたくさんあるとあらためて実感しました。そうした地元の魅力を住む人たちが再認識し、誇りを持って外へ発信していくことがこれから必要だと思っています。
市内の高校生や大学生による地域での取り組みも、私が子どもの頃よりずっと増えているように感じます。
ボランティアやイベントにも積極的に参加されていて、自分が暮らすまちを盛り上げたいという気持ちを持つ若い世代が酒田には多くいるのだと分かりました。
いろは蔵パークでもテナントとの連動企画や「みんなの広場」を活用したイベントなど、さまざまな催しを計画していますので、学生さんをはじめ酒田で何かしたいと思っている方々の活躍の場にしていきたいです。
いろは蔵パークが目指す「にぎわいの創出」をまちに住む人たちが自分事として捉え、酒田を盛り上げたいと少しでも感じていただければ、これほど嬉しいことはないですね。
いろは蔵パーク株式会社・統括マネージャー 伊藤真治
酒田市生まれ。高校卒業後は仙台の大学に進学し、大手ビアホールチェーンに就職。札幌、東京、大阪などを巡り支配人を務める。転職のため2023年4月に酒田へとUターンし、妻と3人の子どもと暮らす。